株式会社PLM 代表取締役 渡辺大河
私たちKIZASHIは、幸せを次のように定義しています。
もう少し身近な言い方をすれば、こうです。
夢中になれるものがある。ワクワクする好きなことがある。没頭できるものがある。気がついたら時間を忘れていた。そんな瞬間を持てていること。それが幸せの中核です。
これは、大きな家に住むことでも、高い給料をもらうことでも、他人より優れていると認められることでもありません。「自分の内側が満たされているかどうか」が、幸せの本質だと私たちは考えています。
幸せの中心にあるのは、自分で自分の才能に気づくというプロセスです。これは単なる自信ではありません。自分の「没頭できる力」や「好きなもの」の中に、自分だけの強みを見出すこと。そしてそれを自覚することで、他人の評価に依存しない「本当の意味での自己肯定感」が形成されます。
この二つの言葉が、KIZASHIの根幹にある信念です。
何かに「時間を忘れて没頭する」時間は、日常のイライラやストレスをリセットする強力な薬になります。好きなことに夢中になっているとき、人は些細なことで怒る必要がありません。心が満たされているからです。
さらにKIZASHIは、イライラそのものにも価値を見出します。イライラした時こそ、「自分は今、何にこだわっているのか?」と内省を深めることで、それは新たな才能への気づきへと変わっていくのです。怒りや不満の裏側には、その人が本当に大切にしているものが隠れています。
KIZASHIが目指すのは、一瞬の喜びではなく、幸せが循環し続ける状態です。
自分の才能を見つけ、それを活かして「人に必要とされ、感謝される」という体験を積むことで、個人の幸福感は社会的な広がりを持つようになります。自分が大好きで作り上げた作品を、誰かが「すごい!欲しい!」と感動してくれたとき、それは本当の幸せであり、生きがいです。
周囲との比較に縛られるのではなく、自分自身の強みに真っ直ぐ目を向けることで、早い段階から自信を持って行動できるようになります。
「なぜイライラするのか」「なぜ夢中になれるのか」を客観的に分析する力が身につき、才能を発見するための内省力が深く養われます。
他人の評価に依存することなく「自分は自分でいい」と心から思える力のことです。才能に気づき、それを活かす体験を重ねることで、揺るぎない自己肯定感が育まれます。
KIZASHIの原点は、困りごとを解決するツールではありません。開発当初、KIZASHIはその人が持っている才能の種を見つけ、育てるためのシステムとして作られました。癇癪を止める、問題行動を抑えるといった使い方は、あくまでプロファイリングの結果として「できるようになったこと」のひとつです。本来の目的は、その人の中にまだ眠っている可能性を見つけ出すことにあります。
KIZASHIのプロファイリングでは、その人が何に惹かれ、何をしているときに時間を忘れ、何に触れているときに心が安定するのかを見つけていきます。
絵を描く・粘土をこねる・歌う・ダンス・虫の観察・ブロック
特定のキャラクター・色・素材・音楽・動物
AIで画像を作る・物語を考える・図鑑を読む・工作する
ハグされる・お話を聞く・誰かのそばにいる・静かな場所にいる
褒められる・自分の作品が認められる・好きなキャラからの声かけ
「特に好きなものはない」と思っていても、忘れていた「好き」や気づいていなかった「得意」が見えてくる
才能は特別な一部の人だけが持つものではありません。誰の中にもあるのに、見つけてもらえていないだけのことが多いのです。
建築・デザイン・アート・ゲーム制作
音楽・ダンス・映像編集・DJ
脚本・小説・アニメーション・企画
カウンセリング・看護・教育・接客
プログラミング・数学・データ分析・研究
指導者・講師・メンター・コンサルタント
たとえば、絵を描くことに没頭するタイプの子が、街中でいきなり癇癪を起こしたとします。何を言っても泣き止まない。しかし、この子の「好き」を知っていたら——
街中で癇癪を起こした子に、画用紙とクーピーを渡す。
すると癇癪がやみ、黙々と描き始めます。その子にとって「絵を描く」という行為が、心を落ち着ける最も自然な方法だったのです。
ポケットモンスターの「謎の草」が好きだった子に、そのキャラクターが映像の中でリレーを走り、ゴール後に名前を呼んで「明日の運動会がんばってね!」と声をかけました。翌日、その子は「謎の草が応援してくれたから」と精一杯リレーを走りました。
子どもが何気なく作った粘土細工をAIでアニメーション化し、そのキャラクターの声で「明日また兄弟を作ってね」と語りかけたところ、子どもはすぐに粘土の妹を作り始め、自分で物語を広げていきました。誰も「作りなさい」とは言っていません。自分の作品が生きて、自分に話しかけてきた。それだけで、子どもは自分から動いたのです。
多くの親は子どものためを思って一生懸命です。しかし、愛情の方向と伝え方がその子に合っていないとき、逆効果になってしまうことがあります。
この悪循環の中で、子どもも親も、どちらも苦しんでいます。問題は「叱り方が悪い」のではなく、その子に合った伝え方・導き方を知らないまま、一般的な方法で対応し続けていることなのです。
人は「自分にはこれがある」と気づいたとき、目の色が変わります。ただし、周りが「すごいね」と言うだけでは足りません。本人が「これが自分の力だ」と自覚していなければ意味がないのです。
KIZASHIがある未来では、子どもたちは「何が苦手か」ではなく「何に夢中になれるか」で語られるようになります。
お気に入りのぬいぐるみからの「今日は先生におはようって言えたら大成功だよ」というメッセージひとつで、少しずつ笑顔で通えるようになります。
昆虫の観察には何時間でも没頭できると知れば、漢字を昆虫カードで学び、算数を観察記録の表づくりと結びつけることで、自分から机に向かう子になります。
「結果」ではなく「過程」を認める声かけに変え、本人が落ち着きやすいトーンで接するだけで、家庭内の衝突は減っていきます。
偏差値ではなく「自分で世界を作ること」に強い喜びを感じるタイプだとわかれば、制作や企画や表現に関われる道を一緒に探すことで、初めて自分の進路にワクワクできるようになります。
KIZASHIがある未来では、「この子はこれがダメ」ではなく「この子にはこれがある」という視点が当たり前になります。
「社会不適合」ではなく「合わない場所にいただけ」と気づき、自分の力を発揮できる仕事に出会えます。
1日15分の創作時間を持つだけで、心に余裕が生まれ、子どもへの接し方まで変わっていきます。
「夫は結論型、妻は共感型」という違いを理解し、会話の順序を変えるだけですれ違いが減っていきます。
部下ごとに響く伝え方を知ることで、指導がスムーズになり、自分自身のストレスも軽くなります。
「役に立っている実感」や「教えること」に喜びを感じるタイプだとわかり、地域活動を通じて再び前を向けるようになります。
「大丈夫だよ」「一緒にやろうね」という短い安心の言葉で接するようになり、衝突が減ります。
KIZASHIが広がった先にある社会では、人は「こうあるべき」に縛られなくなります。
学校では、成績表だけでなく「この子はこういう場面で輝く」というプロファイルが共有され、先生は叱る前に「この子に届く伝え方は何だろう」と考えるようになります。家庭では、親が「なんでできないの」と嘆く代わりに、「この子は何に夢中になれるのだろう」と観察する習慣が生まれます。
職場では、全員に同じマネジメントをするのではなく、一人ひとりの特性に合った役割と伝え方が設計され、「合わないから辞める」「わかってもらえないからストレスが溜まる」という悲しい離職や消耗が減っていきます。
そして何より、一人ひとりが「自分はこれでいい」「自分にはこれがある」と思える。その小さな確信が、日々の安定と、未来へのワクワクにつながっていきます。
KIZASHIは、万能の答えを出すシステムではありません。魔法でもありません。
しかし、「あなたは何に夢中になれる人ですか?」という問いに、
一緒に答えを見つけていくことはできます。
私たちKIZASHIは、一人でも多くの人が、
自分の中の「兆し」に出会える未来を目指しています。